3日目
パラドックス定数『Nf3Nf6』(2018)
3日目は私の観劇人生を狂わせた舞台の話をします。
かつては共に大学で論文を書いた二人が、ひとりはナチスドイツの将校として、もうひとりは六芒星を身につけた囚人として邂逅します。
彼らはチェスを指すごとに、互いの数年間をなぞり、そして、見えぬ未来について話し始めます。
数学という美しい学問と、似て非なる暗号解読。
何処にも逃れられない、静謐な部屋で起こる出来事とは。
そもそも、この舞台は現地で見ていたわけではなく、2020年、期間限定で行われた無料配信で視聴しました。
劇団の名前は2018年10月「蛇と天秤」で有識者フォロワーが名前を挙げていたことで知り、2019年7月には劇団主宰の野木萌葱さんが脚本の「骨と十字架」を観て、面白い観点の戯曲を書くなぁ〜とは思っていたんです。
でもまさか、劇団本公演でその真骨頂を見るとは思ってもいなかったんです。
野木萌葱脚本の特徴は硬派な男が多数登場することと、会話による濃厚な殴り合いだと思うのですが、これを彼女が演出し、彼女と20年近くも舞台を作り上げた劇団員が演じると、とてつもない破壊力(メンタルブレイク)が生まれるんですよね…。
将校と囚人、2人しかいない100分ほどの芝居で、生クリームとカツ丼一緒くたに食わされているような感情を観客は食わされます。
互いに対する執着、数学という学問を通じての友情が、彼ら2人が置かれている現状をより濃く映し出していき、観客ごと堕としていく緊張感。
これが映像でも伝わるので、現場にいたら自分はしんどすぎておそらく1週間くらい会社を休んでたと思います。
当時視聴していた時の私の感想の記録が「なんで!?」「待って」「やめてよ」をおよそ5〜10分に1回呟き、感想としてなし得ていなかったのが証拠として、この舞台が如何にメンタルブレイクしてきたのかが良くわかります。
それに加え、この舞台を観た当時、あまりのショックに観ていた一部が記憶から抜け、2回目の視聴の際に改めて衝撃を受けました。これは20数年の人生の中でも初めての出来事です。
しかもこれ以降、
◾️5年以上推していた俳優に対して(ほぼ)担降り
◾️同一作品複数回観劇→1作品1回を大量観劇
◾️観劇ジャンルの傾向転換(エンタメ系→史実・硬派)
などと、観劇スタイルが大きく変わりました。
なんなら漫画か啓蒙書かビジネスマナー本しかなかった家の中にナチスドイツ史やホロコースト史か、その時代にかかる劇作家や、暗号史の本コーナーが出来ました。
あまりにものめり込みすぎて、史実から学ぼうと思ってしまったんですよね。
しかも、文献を読めば読むほど、野木萌葱先生の「史実」と「フィクション」の入れ具合が非常に上手いことがよくわかるんです。
彼らの行った所業の数々について、ちゃんと軽薄化せずに向き合わせているのも私がのめり込んでいる一つの理由だと思います。
また、配信してくれ…有料でも良いから…お金出すから……。と切に願っています。
ただ、配信も良いんですが、戯曲は戯曲で台本なのか?と思うほどにト書きが書いてあり、そのト書きから爆発的な感情を浴びることも出来ますので、興味ある人は台本から入るのもありかもしれません。
しかも、なんと、12月17日から行われるパラドックス定数新作公演に行なわれます。チラシがすでにめちゃくちゃ不穏です。楽しみすぎる。